天王寺書房

本と本の間で感じた言葉について

繰り返す思索の中に

  ずっと読んでみたいと思っていた、吉田篤弘氏のエッセイ、ついに読みました。

京都で考えた

京都で考えた

 

  

 忘れられていくものを引きとめようとすることも、本を読むことも、決めつけられたものに「本当にそうか」と疑問を呈することも、小説を書くことも、そして、本の中から言葉を見つけ出してくることも、すべて「そもそも」を知りたくてつづけてきた。

 そもそもの始まりはどうだったのか。われわれがいまこのように在るのは、そもそもどうしてなのか。

 結論や結末ではなく、いつでも「そもそも」を知りたい 。  

 

 すばらしい…歩くことや、本を読むことなど、ずっと、人間の行動と思索には、何かつながりがあるようで、ないような、モヤモヤした感じがあったのですが、この文章でスッキリしましたw。

 

 一方で、職業がら「そもそも」というと失敗学を思い出します。

失敗学と創造学―守りから攻めの品質保証へ

失敗学と創造学―守りから攻めの品質保証へ

 

  そもそも、何が原因で失敗したのか?という、失敗からの学びを、他の分野で生かすには?

 この書では「過去の失敗から、上位概念に登り、自分事として想像する」ということを解説しています。そして、それは「創造」にも、つながる考え方だと。

 

 自分の中で、止まることのない、もやもやした思考…そこに、何かいつもと違うものが挟まると、いつもの思考の道筋が、少しだけ変わる。

 そのような繰り返しの末、見えてくるのは…いったい、何なんでしょうね。

 

話しの水位を調整する

 いわゆる、関西人のボケ・ツッコミという話し方について、ようやく的を射た説明に出会った気がします。

 

大阪的 (コーヒーと一冊)

大阪的 (コーヒーと一冊)

 

  津村記久子氏と江弘毅氏の、大阪について、その駄目さ加減についても熱く語っている対談本ですが、ここでは、その話法を「しゃべっているときに水位の調整が出来る大阪人」として紹介されています。

 そして、その根源には風土とリズムがあるということですね。

 一方で、相手を笑わせるためのスキルとして、徹底的に技術的に紹介している本がこちら。

ウケる技術 (新潮文庫)

ウケる技術 (新潮文庫)

 

  載っている写真とコメントは、TV番組『一本グランプリ』の「写真で一言」みたいで、面白い!

 花田菜々子氏の『出会い系サイトで…』で、実際にすすめられた本として紹介されていたので読んでみました。

 最終戦略は、愛と語っていますねw。

 相手の気持ち、その場の状況を見ながら、視点をすばやく切り替えて、押したり、引いたりしながら、相手を楽しませる。それを、対話における「愛」と読んでもいいのかもしれませんw。

言葉の重さ/軽さ

 ここで言いたいのは、いわゆる「言葉の意味の重さ」ということではありません。

 ある文章を読んだとき、なんとなく自分の気持ちや身体までも巻き込むような、物理的な重みを感じさせる重苦しさや、さわやかな風の中にいるような軽やかさを感じる文章のことです。

 

ポリフォニック・イリュージョン

ポリフォニック・イリュージョン

 

  飛浩隆氏の物語を読むと、さわやかさの中にも、まるで押しつぶされそうな暴力的なイメージの中に引き込まれていきます。それが一体何なのか、実は、この本で著者は以下のように言っております。

 

 その不安定性の上に、先ほど書いた飛の根源的モチーフ、すなわち「もの」と「かたち」と「ちから」の相克が投影され、大きく揺れ動く。この揺動と作品のカタストロフを一致させるというのが、テーマ的にもストーリー構築的にも飛作品の基本構造なのである。(われながらなんてよく分かる解説だろう!)

 

 ところで、歌集をいうものを数冊、初めて読んでみました。

えーえんとくちから (ちくま文庫)

えーえんとくちから (ちくま文庫)

 

 その中でも、この一冊の中にある言葉。どこか、サラっとして、キラキラしている、言葉の連なり。

 なんなんでしょう、この、笹井宏之氏の言葉の重ね方。こちらは、全く、分析できておりませんw。

 言葉には、肌触りというか、テクスチャがあるんですよね。

ええ感じの場所

 今回の2冊の共通点は、ずばり、内田樹氏つながりですっ。

 Meetsは、好きな雑誌でしたね。街の濃さが、そのまま伝わってくる内容で。その編集長である江弘毅氏がMeetsのことを書いた本があるということで、探して、買って、読んでしまいました。

ミーツへの道 「街的雑誌」の時代

ミーツへの道 「街的雑誌」の時代

 

  人間の肌感覚で作られてきたタウン誌であることがよくわかる内容です。そんな身体感覚でつながった、人の絆のある場所で、遊ぶ、それを「街的」と呼んでいます。

 東京も同じようなものと思い込んでいましたが、少々、事情は違うようですね。

 さて、こちらの本は、世界の事情を語る、内田樹氏と姜尚中氏の対談本。

 
 姜尚中氏は、アカデミックな語りを崩していませんが、内田樹氏の方は、身体感覚からの発言全開ですねw。

 自分の国の過ちを語ること、時代を覆う不機嫌さ、この2点から、その国の文化的特徴と、戦争行為を語っています。

 特に、面白い視点が、実は帝国の衰退を上手にソフトランディさせたイギリス、ってところです。Meetsも創刊当時注目してたのはロンドン。どこか、関係があるのでしょうか。

 人々が心地よく過ごせる「ええ感じの場所」の維持。それは、会社でも、世界でも、案外、難しいものなんですね。

生きているのは最高だったよね…

 アニメが良かったので、あの雰囲気を再度味わいたく、コミックの方を読み始め、全6巻を読み終わりました。

 少女終末旅行の各巻の感想として、言葉をいくつか添えてみました。

 

少女終末旅行 1巻 (バンチコミックス)

少女終末旅行 1巻 (バンチコミックス)

 

  戦争後の世界。朽ちゆく都市は地図になって人間を支えようとしている。いろんなものが失われていく中で、夜空や風景は美しい。

 

少女終末旅行 2巻 (バンチコミックス)

少女終末旅行 2巻 (バンチコミックス)

 

  世界は、静かで、時にやかましい。暗闇の中に光を求めるように、終わりゆく世界から抜け出そう、という無謀な試みにも、安堵の時がやってくる。

少女終末旅行 4巻 (バンチコミックス)

少女終末旅行 4巻 (バンチコミックス)

 

 時間と大きさが効率を物語る。エネルギーを集中させることでモノを作り、破壊できる。それは過去の思いを守るためか。エネルギーを平準化することは生命を終わらすことにつながる。だとすると、どちらにせよ…

 

少女終末旅行 3巻 (バンチコミックス)

少女終末旅行 3巻 (バンチコミックス)

 

 ある場所には、道しるべはある。覚えておきたいことと、楽しく忘れたいこと。らせん状に回転していく。ただ、生命に終わりがあることには変わりない。

 

 

少女終末旅行 5巻 (バンチコミックス)

少女終末旅行 5巻 (バンチコミックス)

 

 目的地が必要だ。生活のために服をつくり、伝えるために気持ちを描く。そこにいない人たちともつながりを求める。ただ、神ではない私たちには、始まりと終わりが必要だ。

 

少女終末旅行 6巻(完): バンチコミックス

少女終末旅行 6巻(完): バンチコミックス

 

  好奇心や、何かをしたい気持ちに突き動かされて、ここまで来た。あらゆる道具はそのためのもの。疲れて眠るも、その思いは変わらない。命には終わりがあるが、全てがつながっていると感じる瞬間もある。生きているのは最高だ。

新しい意味で埋めてくれ!

 我々の想像力から生まれてくるものに、意味や生産性をあたえること。それは、案外、どうすれば、いいんでしょうね…

 

 自由俳句に、少し興味が出てきて、以下の本を読んでみました。

  つい、五七五のリズムで読もうとしてしまうため、始めは慣れませんでしたが、そのうち、心の動きを細かく拾おうとするような言葉の数々に、親近感を覚えてきました。

 自分の思いが暴走して、大量に吐き出される、言葉の断片。ここに書かれている、自由俳句には、自分の吐き出した言葉に埋もれつつも、そこに意味を探さずにはいられない。どうしても心が勝手に動いて…言葉を吐き出し、求め続ける、自動機械のイメージが浮かんできました。

 

  で、また、全く違う分野の以下の本。 世界、特にアメリカと中国の動きを、インテリジェンスの面から分析した、対談本。

米中衝突-危機の日米同盟と朝鮮半島 (中公新書ラクレ)

米中衝突-危機の日米同盟と朝鮮半島 (中公新書ラクレ)

 

  このお二人の書籍は、なんだか年末恒例のお話しのような気がして、読まずにはいられませんw。

 細かな状況分析は、さすがの一言なのですが、つまるところ、アメリカの威信が失速し、実はアメリカにも場当たり的な世界戦略シナリオしかないのではないか…その結果、人は見たい情報しか見なくなり、信用の負のスパイラルが発生してしまう。

 そんな、意味の崩壊の構造が、今の個人を支えている土台の状況かもしれません。

 

 「意味を埋めてくれ!」という叫びのような、つぶやきが聞こえてきそうな、社会になってきた感じがします。

 そこで、大胆にも提言!そのための方法は、基本的に3つ。

  1. 自然に受け入れられていると感じること
  2. ほんの少しでも社会的につながっていること
  3. 特定の個人に理解されたいと思うこと

この3つの組み合わせのバリエーションを細かく増やせば、楽しく暮らせないかなw。

 

 

力が発揮できるつながり

 機能は形状に含まれる…人間の骨格はそうかもれませんが、見えない人と人とのつながりを考えると、「言葉」だったりするのかもしれません。

 

 ディスクワークなので、肩や背中周りが、いつもガチガチです。

 そんなわけで、肩甲骨まわりのメンテナンスのために、以下の本を読んでみました。

肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!

肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!

 

  筋肉を緩めて体を自由に動かすこと、重力までイメージして体の動きをコントロールすることなどが語られていて、かなり興味深い内容でした。

 ちなみに、肩甲骨の形状から考えて、腕の力が一番発揮できるラインというものがあるそうです。

 ゼロポジションとは、肩甲骨の裏側にある尾根のような部分=肩甲棘と言いますが、その部分が腕の上腕骨と一直線になったポジションのことです。

 この肩甲棘のラインに注目して、肩甲棘と上腕骨が一直線になるポジションを見ると、もっとも関節面の向きが正しい位置になります。(中略)肩甲骨の力を最大化するために存在している肩甲棘と上腕骨が一直線になるラインには特別な意味があるとされ、関節面の角度が0°になっていることから、ゼロポジションと呼ばれているのです。

 

 さて、全く分野が違う話しですが、「日本仕事百貨」という求人サイトを運営している方の書籍。 

 この本の内容、「日本仕事百貨」のウェブサイトには、いろんな「生きることと働くことが連続していて生きるように働いている人」が紹介されています。 

 

生きるように働く

生きるように働く

 

 ずっといい場所を作ろうと、建築を勉強したり、不動産の仕事をしたりしてきた。でもいい場所って、人なんだ。ついつい通ってしまう場所には、そこにぴったりな人たちがいる。ぴったりだから、そこにいる人たちも生き生きとしている。生き生きとしている人たちがいる場所はいい場所になる。

  会社や組織でも、人が人間として力が発揮できる「カタチ」ってのがあるのかもしれませんね。そのような視点で会社と人をつなげていくことを、この本では、木の成長に例えています。

 人と人とが力を発揮できる形で結びつく。それが何か「カタチ」に見えるといいですね。